北京オリンピック

連日話題沸騰の「北京オリンピック」
金メダルに喜ぶ選手、銀メダルに泣く選手、
最後の最後に棄権しなければならなかった選手。
それぞれのオリンピックがあります。
そんな中で、私は「為末 大」選手にお疲れ様でした、
そしてありがとうございます、と言いたいです。

2001年の世界陸上400mハードルで銅メダルを獲得し、
一躍脚光を浴びた「サムライハードラー」と呼ばれる為末大選手。
そんな為末選手も、過去2度出場のオリンピックよりも
今回の北京は代表選考会から大変な道のりだった。
両足の故障が相次ぎ、練習状況は自己最低。
決勝進出8人中、最も遅いタイムで予選を通過した。
無謀だったかもしれない。
為末選手は、号砲からかっ飛ばした。
世界選手権で2度の銅メダルを奪った本来のスタイルは、
練習不足の現状ではリスク大。
だが、修羅場をくぐった肉体は、大一番で躍動した。
1度もトップを譲らず、一気にフィニッシュへなだれ込んだ。
「自分でもびっくりしているのが、率直なところ。ここまで走れるとは・・」
本番で世界屈指の勝負強さを見せつけ、代表の座を得た。
そして、むかえたオリンピック。
先日の走りができれば・・・・、期待は膨らむ。
オリジナルな走行理論を展開し、ひとりで完成させていく為末選手。
いまや世界レベルで活躍しているにもかかわらず、コーチはいない。
必死に練習し、努力している。
しかし、もともと日本人に勝ち目の薄い世界であることは彼が一番知っている。
ただがむしゃらに走るだけでは勝てるわけではないのだ。
今回の北京では、レースの前にあれほど緊張したのは、
中学二年生の時の全日中以来だというレース、
何か作戦があったわけでも、秘策があったわけでもありません。
とにかく自分が一番力を出してきた前半型にこだわって、
予選から行ける所まで行こうと決めました。
それしかできなくなっていたという事もあります。
優れたハードラーであると同時に、「ハードル学」の権威でもある彼が、
ただがむしゃらに走った。序盤から積極的に飛ばしトップに躍り出たが、
後半はスピードに乗れず、結果は4位(49秒82)。
準決勝進出ができず、為末選手の北京五輪はここで終わった。
そして、インタビューで、陸上を始めた時を思ってスタートラインに
立ったという為末選手は
「もうちょっと五輪のグラウンドに立ちたかったけれど、思い切って走れた。
20年間陸上をやってきたので、
少し休んで何を思うか待ってみようと思う」と語った。
20年間やってきたという為末選手の顔が悲しそうでもあり、
満足そうでもあり、熱いものがこみ上げてきた。
為末選手、お疲れ様でした。
そして、ありがとうございます。
今後の為末選手の活躍にも期待しております。
http://sports.nifty.com/tamesue/
マセラティショールーム 西野でした。
2008.08.19 | Comments(3) | Trackback(0) | 総合

