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ロマン

先日、新聞でこんなニュースを目にした。

大阪城の石垣は「兵庫の芦屋」産 細川家の家紋を確認 
6/27神戸新聞より

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細川家の「九曜紋」が見つかった刻印石と、
意味合いについて説明する中村博司さん(左)ら=芦屋市内


芦屋市教委は二十六日、江戸時代初期の大坂城再建の際、
花こう岩を切り出したとされる東六甲採石場城山刻印群(同市山芦屋町)から
豊前(ぶぜん)小倉藩(福岡県)の大名細川家の家紋が施された刻印石が
見つかったと発表した。


細川家が切り出した石に残る「あしや」の場所を同市と裏付ける貴重な発見という。


芦屋市か、福岡県芦屋町かで半世紀にわたって
繰り広げられてきた議論に決着がつきそうだ。(小川 晶)


大坂城再建は一六二〇-二九年、江戸幕府の命令により実施。
西日本を中心に六十五家の大名が参加し、六甲山のほか、
香川県小豆島などから切り出した石を運び、石垣を築いた。


一九五九年に始まった調査などで、細川家が担当した石垣に
「あしや」と施された刻印石百十一個が含まれていることが判明。


芦屋市から切り出したとする見方が大勢を占めたが、
細川家の領地の近くにある福岡県芦屋町の可能性も指摘されていた。


刻印石は今年四月、宅地造成予定地で発見。


約三トンの自然石に、九個の点が円状に並び、
細川家の家紋「九曜紋(くようもん)」と確認された。


六年前にも、今回の発見場所から北約三百メートルで九曜紋が
施された石が見つかっていたが、芦屋市教委は「二点が見つかったことで
『あしや』の刻印が芦屋市である可能性が極めて高くなった」としている。


前大阪城天守閣館長の中村博司さん(60)は「大坂城の改築は、
江戸幕府が行った天下の大事業。その採石の場所が特定されたことで、
築城の実態が明らかになる大きな一歩」と話している。


お城研究家の私にとって、大変興味のある話題。
実際にお城に行って、石垣を見た時のあの直線と曲線の組み合わせは、
なんともいえない。


当時の情景を思い浮かべながら、よーく観察すると
いろいろなことが見えてくる。


お城には、そんな楽しみもあります。


自称お城研究家の西野でした。

2008.07.10 | Comments(0) | Trackback(0) | 総合

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