月曜日:人間シリーズ
明治時代、大阪・道頓堀のすし屋の娘に生まれ、
踊りの名取りになるなど幸せな日々を送りながら、
ある日、酒乱の養父による一家惨殺の凶行に巻き込まれ、
16歳の娘盛りに両手を切り落とされて、
家族の中でただ一人だけ生き残った女性がいました。
彼女はカナリアがくちばしでエサをついばんで
ヒナを育てるのに感動し、
「手がなくたって、できることはいっぱいある」と、
口に筆をくわえて、書画を描くようになります。
病院の献身的な治療で何とか命をとりとめ、
書画を描くまでになったものの、
家族を失った絶望の果てに
尼になろうと尼寺へ。
ところが、
「尼は寺から逃げればいつでもやめられるが、
母親はやめることができない。
尼になりたければ、その前に母親になりなさい」
と諭されます。
そして、艱難辛苦の末、結婚し、
二人の子供を育て上げます。
その後、やがて仏門に入り、
「心の障害者になってはならない」と、
多くの身障者救済のために生涯を捧げた。
その女性が、亡くなる少し前に、
「今、望まれることは」と尋ねられて、
「三つ願いがある」と答えた。
一つは、弘法大師と同じ日に死にたい。
もう一つは死んだらすぐにあの世に行かず、
人が三途の川を渡るお手伝いをしたい。
そして、三つ目の願いを聞いたとき、
私はあまりの衝撃に絶句しました。
「もし、もう一度命を与えていただいたら、
私は両腕なしで生まれてきたい」
そう答えたというのです。
「手があれば嫌な欲が出てくるでしょう。
だからやっぱり手なしで生まれてきたい」
そうきっぱり語ったそうです。
欲に生きている私は恥ずかしい。
マセラティ 西野でした。
2008.06.23 | Comments(1) | Trackback(0) | 総合

力がわいてきました
今日も一日がんばるぞ
